ウーヴェ・オンマー, by Wikipedia / CC BY SA 3.0
#ドイツの写真家
#存命人物
#1943年生
#ベルギッシュ・グラートバッハ出身の人物
Uwe Ommer ウーヴェ・オンマー(Uwe Ommer, 1943年 – )は、ドイツ国籍の写真家。
広告写真のほか、ドキュメンタリーやエロティカも手掛ける。
パリ在住。
名前について表記の揺れが存在する。
国際標準名称識別子(ISNI)およびフランス国立図書館(BnF)ではウーヴ・オメール、アリアンスフランセーズはウーヴェ・オメールの表記を採用している。
日本国内でもウーヴ・オメールとして紹介されたことがある。
1943年、ベルギッシュ・グラートバッハに生まれる。
若い時期より写真に魅了され、14歳で最初のカメラを手に入れる。
当初は鳥の撮影に興味を持っていた。
18歳の時には鳥をあきらめていたが、写真家としてのスキルは向上していた。
カメラショップで見習いとして働き始め、すぐに副業としてケルンのローカル紙の写真撮影も行うようになった。
ローカル紙のスタッフが都合悪いときには交通事故から結婚式までなんでも撮った。
1962年(19歳)、Photokina 1962においてDeutscher Jugend Photo Preis(ドイツ青年写真賞)受賞。
1963年(20歳)、パリに移住。
広告写真家のJean Pierre Ronzelのアシスタントになる。
フランス語を完璧にするまで、決してパリを離れようとしなかった。
1966年(23歳)、 自前のスタジオを開業。
主として女性雑誌のためのファッション写真や広告写真を撮る。
1988年、コダック(Kodak)がオリンピック大会の公式プロ仕様フィルム(Official Professional Film of the 1988 olympic Games)になった際、その広告写真を手掛ける。
1991年、Dana DawsonのCDジャケット(“MOVING ON”,Colombia)を手掛ける。
1995年、大幅に方針を転換し、それまでとは違ったプロジェクトに着手する。
翌年、千年紀の終わりまでにすべての大陸のあらゆる種類の家族を記録するために旅に出る。
2000年、4年間で130カ国を訪問し、1000を超える家族にインタビューして帰国。
本人公式サイトによると、ランドローバー、ロライフレックス、ポータブルスタジオ、助手一人、多くの地図とガイドブック(ただし電話、GPSシステム、スペアパーツ、時計なし)を使用したとのこと。
2000年、パリに帰還。
Taschenはカタログ“1000 Families”を出版。
“Photokina 2000″(9月、ケルン)でこれらの写真が初公開されたのに合わせたものである。
以後、これらの写真の展覧会は世界各地で開催されている。
2002年、英国王立写真協会(Royal Photographic Society)より名誉フェローシップ(Honorary Fellowship)に選定される。
2003年、青年向け書籍・出版サロン(Salon du livre et de la presse jeunesse)より青年向け出版部門賞(Prix de la presse de jeunesse)を授与される。
国際地理学フェスティバル(Festival International de Géographie)よりプトレマイオス賞(Prix Ptolémée)を授与される 。
2010年、ヨーロッパ40か国の10代の若者とその家族を撮影するプロジェクト”Teen Families”を開始。
その成果は2012年から2014年、各地の展覧会で公開されている。
2013年、CRAF(Centro di ricerca e archiviazione della fotografia)より写真国際賞(International Award of Photography) を授与される 。
2015年、マッサ・マリッティマ(イタリア)でTuscan Photo Festival 2015の一環として講演会。
2016年、Wikimedia Italia主催の写真コンテストWiki Loves Monumentsの審査員を務める。
現在、フランス本国と海外領の10代の若者のアイデンティティーに関するプロジェクトに取り組んでいる 。
出典: 出典: 1976年から1997年にかけて、Nana Mouskouri, Joanne Brackeen & Ryo Kaw…
source